関口・岡本時代〜近鉄バファローズの歴史4〜
【第11代】関口清治(1982〜83)
勇退した西本幸雄監督の推薦で関口清治が第11代の近鉄監督に就任。チームは過渡期ということもあり、82・83年の在籍2年間はほとんど優勝に絡むことはなかった。大石大二郎が新世代のリードオフマンとしてあの阪急福本豊の連続盗塁王をストップさせた。パの勢力図も「阪急ブレーブス主体」から「西武ライオンズ主体」に変わり始めたのもこの頃である。
【第12代】岡本伊三美(1984〜87)
西本政権晩期、関口時代に種を蒔いた若手が徐々に芽を息吹きはじめたのがこの時期。特に投手陣では85年に大エース鈴木啓示が300勝をマークし、ついに引退したが、すぐさま小野和義という若き左腕エースが出てきたのが素晴らしい。
86年は小野の活躍もあり、西武と激しい優勝争い。ストッパーの石本貴昭の神がかり的な活躍もあり、奮闘したが129試合目(当時は130試合制)で涙を飲んだ。87年は石本の不調などで最下位に沈むもルーキー阿波野秀幸が15勝をマークし、新人王。
南海ホークスから移籍2年目の新井宏昌が当時のシーズン安打記録を塗り替える成績で首位打者など、次世代の礎は確実に築かれていた。
関口・岡本時代の近鉄フロント陣の割り切った育成戦略は見事で小野和義、金村義明、光山英和、古久保健二、加藤哲郎、村上隆行、山崎慎太郎、吉井理人らといった次の仰木時代を支える主力メンバーは全員この時期に入団した高卒選手である。いかにこの時代の近鉄の育成戦略、スカウト能力が高かったかが垣間見れる。
近鉄バファローズチーム成績
■関口清治時代(1982〜83)
1982年 3位 63勝57敗10分 .525
1983年 4位 52勝65敗13分 .444
■岡本伊三美時代(1984〜87)
1984年 4位 58勝61敗11分 .487
1985年 3位 63勝60敗7分 .5121
1986年 2位 66勝52敗12分 .559
1987年 最下位 52勝69敗9分 .430