中村紀洋〜近鉄バファローズ名選手1〜
高校時代は無名の大阪の公立高校だった渋谷高校を甲子園に導いた。日生球場での大阪予選決勝の2連発は今でも語り草である。
1年目はプロ初安打がホームランというスラッガーらしいデビューを飾る。3年目でほぼレギュラーを手中に収めると、4年目に20本塁打を放ちブレイク。その後着々と成長を重ね、00年に本塁打・打点の2冠を獲得し、オリンピックに日本代表の主砲として出場。名実ともに球界を代表するスラッガーに成長した。
翌01年には前年を上回る46本塁打を放ち、優勝に大きく貢献した。特にローズが日本記録の55本塁打を達成した西武戦では松坂大輔から劇的なサヨナラホームランを放ち、近鉄ファンを歓喜させた。
02年のオフのFA騒動から下降線を辿り、膝の故障もあり不振が続いた。近鉄消滅後、メジャーへ挑戦するも消化不良のまま、マイナー暮らしが大半で結局1年で帰国。日本復帰後の05年のオリックスでも不振が続き、オフの契約更改が泥沼化し、自由契約に。
06年、育成選手扱いという形で中日に拾われ、師匠でもある落合監督のもと、ようやく復活の兆しをみせつつある。
今でこそ、フルスイングの打者が増えたが、ドームバブル・イチローブームの90年代中盤は中距離打者が賞賛される時代。確率の低いフルスイングにこだわる中村の存在は稀有であり、近鉄のいてまえ打線の伝統を受け継ぐ近鉄史に残る名選手だった。
近鉄バファローズ時代の成績
■近鉄在籍期間:13年(1992〜2004) 在籍率100%
■近鉄時代通算成績:
1383試合出場(歴代8位)
打率.267
307本塁打(歴代1位)
916打点(歴代2位)
18盗塁
※在籍率・・・プロ入団から2004年の近鉄消滅までの近鉄在籍期間の割合。