石井浩郎〜近鉄バファローズ名選手3〜
89年のオフのドラフト3位で社会人の名門プリンスホテルから入団。ちなみにこの年のドラフト1位は野茂英雄である。アマ時代全日本の4番を張ったということでいてまえ打線の将来の主砲として1年目から期待される。前半戦は病気で出遅れるが、シーズン中盤から一軍の試合に登場し、レギュラーに定着。いきなり22本塁打をマークする。野茂の成績が凄すぎた為、新人王獲得はならなかったが、早くもクリンナップの一角を担うようになる。
以降は近鉄不動の4番打者として5年連続20本塁打以上をマーク。本塁打以上に目立ったのは勝負強さ。粗の多かったブライアントら外人打者に比べ、ハイアベレージと打点の多さはまさに理想的な4番打者であった。
94年には打点王を獲得し、順風満帆にみえたが95年、かかとを亀裂骨折。4番打者連続出場記録の為に出場し続けたが不本意な成績に終わる。怪我が癒えた翌96年は開幕シリーズで今度は左手首を骨折。結局シーズンを棒に振る。
シーズンオフには球団は石井に野球協約制限を越える大幅減俸を提示。この対応に激怒した石井は年俸調停を申請し、泥沼化。結局石井は巨人との交換トレード(この時の巨人側の交換相手は吉岡雄二、石毛博史)で近鉄を去るという事態となった。
その後も期待されながら巨人・ロッテ・横浜でも怪我との戦いとなり、結局フルシーズン通して戦力になることは94年以降なかった。
ちなみに管理人が印象に残っているのは94年に13連勝した時に西武の郭泰源の内角の鋭いシュートを引っ張ってレフトスタンドにライナーで放り込んだホームランだった。後にも先にもあんなホームランを見たのは一度きりである。
近鉄バファローズ時代の成績
■近鉄在籍期間:7年(1990〜96) 在籍率54%
■近鉄時代通算成績:
619試合出場
打率.300(1000打席以上打者歴代4位)
133本塁打
398打点
7盗塁
※在籍率・・・プロ入団から2004年の近鉄消滅までの近鉄在籍期間の割合。