石本貴昭〜近鉄バファローズ名選手4〜
滝川高校のエースとして甲子園で活躍。80年オフのドラフト1位で近鉄に入団した。4年目までは期待はされるものの、一軍での実績はゼロに等しかった。
しかし5年目の85年に突如としてその才能が開花。リリーフだけで19勝をマーク。規定投球回数をクリアし、最優秀救援投手賞と最高勝率の2冠を獲得し、一躍近鉄の顔となる。左腕から繰り出される快速球と高速スライダーで当時完全な打高投低だったチーム戦力にあって、先発が崩れた後、打線が追いついて終盤石本で接戦をものにするというケースが目立った。ただ球種が少なく球質も軽かった為、被本塁打数は多く、86年には1イニング4被本塁打という日本最多記録を作ってしまったことも。
86年にも40セーブをマークし、2年連続最優秀救援投手賞を獲得し、チームの優勝争いに大きく貢献するが、登板過多から87年以降は著しく球威が衰え、吉井理人らの台頭もあり、以後はローテの谷間での先発が多くなった。91年に中日ドラゴンズへ移籍し、92年一杯で引退となった。引退後は近鉄・オリックスのスコアラー等、裏方さんとして活躍している。
近鉄バファローズ時代の成績
■近鉄在籍期間:10年(1981〜90) 在籍率83%
■近鉄時代通算成績:
263試合登板
35勝19敗48S(セーブ歴代4位)
防御率4.04
投球回数486
奪三振311
※在籍率・・・プロ入団から2004年の近鉄消滅までの近鉄在籍期間の割合。