水口栄二〜近鉄バファローズ名選手9〜
高校時代は名門松山商でキャプテンとして甲子園に出場し、夏の甲子園大会最多安打記録をマークし、チームの準優勝に大きく貢献。早稲田大学進学後も1年時からレギュラーを守り、攻走守3拍子揃った即戦力内野手として90年オフのドラフト2位で近鉄に入団。
1年目からレギュラー候補として一軍戦に出場。当初は吉田剛、安達俊也らと遊撃のポジション争いを繰り広げていた。90年代半ばに入るとほぼ遊撃のポジションを掴んでいたが、二塁大石大二郎の衰え、武藤孝司の加入により二塁へコンバート。主に2番打者で出場し、絶妙のつなぎ役として活躍した。堅実な犠打も渋いが、特にファール打ちは球界屈指で、追い込まれてもなかなか相手投手は打ち取れず、仮に打ち取れたとしても精神的ダメージを与えられて、後のローズ、中村紀洋らの餌食となっていた。ゴールデングラブ賞を獲得したことはないが守備にも定評があった。イチローが「自分が1番打者として理想的な2番打者は?」という質問に対して水口の名を挙げたという。
応援歌は「栄二のバットが火を噴くぞ、ホームラン」だが、ホームランバッターでは決してない。ただ、2001年の日本シリーズ第2戦では同点3ランを放つなど、意外なパンチ力はあった。04年オフ、近鉄消滅に伴い分配ドラフトでオリックスに移籍。その後は主に控え内野手、代打起用が増え、2007年シーズンを持って現役引退となった。個人タイトルとは無縁であったが、決して派手さは無いが安定感があり、実に玄人好みする選手であった。
近鉄バファローズ時代の成績
■近鉄在籍期間:14年(1991〜2004) 在籍率100%
■近鉄時代通算成績:
1329試合出場(歴代9位)
打率.271
48本塁打
368打点
42盗塁
※在籍率・・・プロ入団から2004年の近鉄消滅までの近鉄在籍期間の割合。