高柳出己〜近鉄バファローズ名選手13〜
87年のシーズンはチームは最下位に沈んだが、ドラフト1位ルーキー阿波野秀幸の大活躍もあり、新人補強は成功だった。
そのオフ、阿波野に続く本格派の先発投手獲得を目指す近鉄は即戦力として日本通運の右腕高柳出己をドラフト1位で指名した。
阿波野があれだけ活躍しただけに高柳に対する周囲の期待は大きかった。
しかし、キャンプ時からフォームから配球が読まれると指摘され、伸び悩む。
何度か先発のマウンドを任されるも、結果を出せない日々が続く。
だがさすがはドラフト1位投手。
シーズン後半に入ると徐々に本来の素質を開花させ、6勝をマークした。
そしてあの「10・19」の第2試合の先発に抜擢され、中盤までしっかり投げきり、名勝負を演出した。
翌年の「西武ダブルヘッダー」の第1試合にも先発。
もっともこの時は2回で早々とKOされているが、後半のブライアントによる逆転劇を演出(?)している。
この2試合とも先発の数が足りなくて高柳しか残っていなかったとも揶揄されるけども、こういった球史に残る名勝負に先発出来るというのは高柳には不思議な運があったんじゃないかと思う。
高柳が真価を発揮するのはこの激動の2年よりはむしろ優勝以後となる。
4年目の91年に初の規定投球回数をマークし、8勝をマークする。
球はそれほど速くないが、長身から繰り出す重い球は打者のタイミングを狂わせ、打てそうで打てない」 。
それを象徴するように全盛期には得意のロッテ戦で10安打打たれながら何と完封勝利を挙げている。
確かこの時のスコアは1−0。
近鉄打線をはるかに上回るヒットを放ちながらロッテは高柳からとうとう1点も挙げる事は出来なかった。
同時期に活躍した山崎慎太郎と並んでこの「のらりくらり投球」が90年代前半の近鉄投手王国を支えた。
野茂英雄や高村祐の速球派も良いが、たまには山崎や佐々木修や高柳の玄人好みする投球を見るのも一興。
当時の近鉄ファンには色んな楽しみがあった。
高柳のピークは92年までで、後は故障に苦しみ、96年にロッテに移籍し、その年で引退となった。
ドラフト1位の名の通りの活躍は出来なかったが、記憶には十分残る名投手だった。
近鉄バファローズ時代の成績
■近鉄在籍期間:8年(1988〜95) 在籍率89%
■近鉄時代通算成績:
119試合登板
29勝30敗0S
防御率4.27
投球回数571
奪三振293
※在籍率・・・プロ入団から2004年の近鉄消滅までの近鉄在籍期間の割合。