真喜志康永〜近鉄バファローズ名選手16〜
真喜志康永は社会人の即戦力ショートとして86年のドラフト3位で近鉄に指名を受けた。
ちなみにこの年のドラフト1位は阿波野秀幸である。
入団当時で既に26歳。1年目から勝負の年だった。
危機感があったのか、キャンプ・オープン戦で結果を残し、何と開幕戦スタメンショートで起用される。
守備を買われての入団だったが真喜志はいきなり3ランを放ち、華々しいデビューを飾ってしまう。
あまりに派手なデビューだった為、その後の打率の低下に落胆させられるも、最大のアピールポイントは守備であったので、真喜志にとってはこれで良かったのかもしれない。
ルーキーイヤーの87年は阿波野、真喜志らルーキーの活躍があったにもかかわらずチームは最下位に沈んでしまう。
しかし、真喜志の加入によって「打てるが守備に難あり」の村上隆行の外野コンバートのきっかけにもなった。村上は外野で強肩を生かす事で適正を見出し、黄金のセンターラインが着々と築かれていっていたのである。
翌88年は完全にショートのレギュラーに定着。
吉田剛や安達俊也といったライバルはいたが、堅実な守備が評価され、仰木監督も絶大な信頼を寄せた。
非力な打撃は9番打者として大石大二郎、新井宏昌の強力1・2番に何とかつなぐしぶとさでカバー。
たまに飛び出す意外性の一打がチームを救う事もあった。
あの10・19や日本シリーズでも本塁打を放つなど決して「守備だけの人」でなかったのが真喜志の特長である。
だが阿波野が89年をピークに陰りが見え始めるのと同じく、真喜志も90年代に入ると常に怪我との戦いとなってしまう。
その間に吉田、水口栄二ら若手が台頭。
遅いプロ入りの真喜志はいつのまにか30代。「怪我持ちのベテラン」よりは「伸び盛りの若手」を使うのは自然の流れだった。
94年引退。短命ながらも近鉄伝統のいてまえ打線にいぶし銀の渋い味を加えた名ショートストップだった。
近鉄バファローズ時代の成績
■近鉄在籍期間:8年(1987〜94) 在籍率100%
■近鉄時代通算成績:
370試合出場
打率.207
14本塁打
53打点
7盗塁
※在籍率・・・プロ入団から2004年の近鉄消滅までの近鉄在籍期間の割合。