村上隆行〜近鉄バファローズ名選手17〜
「九州No1の大型ショート」として近鉄に入団した村上隆行。
当時の近鉄のショートは吹石徳一らベテランで回しており、彼らの力も全盛と比べても明らかに陰りが見えていた。
近鉄にとってはショートのポジションは最大の補強ポイントだった。
その為、「長打力のあるショート」であった村上によせる球団の期待は大きかった。
さらにルックス的にもスター性があり、早い時期から一軍で起用する事が多くなった。
しかし、ショートは高度な守備能力が要求されるポジション。
ショートに必要不可欠な「肩」は非凡なものを持っていた村上だが、スローイングに難があり、致命的なエラーを連発する。
一方「打者村上」としては順調な成長をみせ、85年にはレギュラーに定着。
粗さがありアベレージこそ低かったが、85年16本、86年22本と天性の長打力をいかんなく発揮する。また金村義明と共にムードメーカーであり、若いチームの中心となって勢いをつけた。
近鉄は87年のドラフトで即戦力ショートの真喜志康永を獲得。
ショートというポジションで守備力を比較した時、その能力の差は歴然だった。
しかし、非凡な長打力と強肩をベンチに置いておくのはもったいない。
そこで新監督仰木は思い切った行動に出る。村上をセンターにコンバートしたのである。
村上は7番センターで固定。ショートでは生かしきれなかった強肩がセンターで生きた。
そして低打率ではあるが、チャンスに強い打撃を発揮。
あの「10・19」では第一試合で貴重な同点タイムリーを放った。
センターという適性を見つけた村上だったが、それからは怪我との戦いとなる。
89年怪我で戦列を離れたが、戻ってきた時に元のポジションが空いている程、当時の近鉄の外野陣は甘くない。
ブライアント、鈴木貴久、新井宏昌にベテラン淡口憲治、更にルーキーの仲根仁が村上がいない間に2桁本塁打を記録し、ますます村上の立場は厳しくなった。
92年に20本塁打を放った村上だが仲根の台頭、内匠政博、大村直之といった新たな戦力の前に「一番手」の座を追われる。
代打起用が多くなったが、元々1打席ではなかなか結果の出せない選手。
そして2001年に西武へ移籍。
ライバル球団の選手としてみた近鉄の外野陣。
ローズ、大村、礒部公一という強大不動の外野陣がいつのまにか整っていた。
古巣の12年ぶりの優勝をする中、村上はユニフォームを脱いだ。
安定性に欠け、最後まで「超一流」にはなりきれなかった村上だが、その思い切りの良い打撃を尊敬するいてまえ選手は多い。
義弟でもある、中村紀洋は村上の「一発狙い」の打撃を実践。
そしてそれを進化させ、「安定性」も兼ね備えて「超一流」に仕上げていった。
「いてまえ完成型」が中村なら村上は「いてまえ源流」といったところか。
とにもかくにも村上は「いてまえ打線」を語る上で欠かせない選手である。
近鉄バファローズ時代の成績
■近鉄在籍期間:17年(1984〜2000) 在籍率94%
■近鉄時代通算成績:
1322試合出場
打率.260
144本塁打(歴代10位)
456打点
68盗塁
※在籍率・・・プロ入団から2004年の近鉄消滅までの近鉄在籍期間の割合。