近鉄バファローズの歴史

球団創設期/三原・岩本時代/西本時代/関口・岡本時代/仰木時代/鈴木・佐々木時代/梨田時代

近鉄バファローズ名選手

石渡茂/古久保健二/柴田佳主也/有田修三/井本隆/リチャード・デービス/羽田耕一/岡本晃/ハーマン・リベラ/佐藤秀明/山口哲治/伊勢孝夫/光山英和/金村義明/ベンジャミン・オグリビー/佐々木恭介/柳田豊/大成しなかったドラフト上位選手(高卒選手)/鈴木貴久/入来智/フィル・クラーク/村田辰美/小野和義/酒井弘樹/礒部公一/大石大二郎/村上隆行/真喜志康永/山下和彦/吉井理人/高柳出己/山本和範/高村祐/野茂英雄/水口栄二/及第点助っ人傑作選/山崎慎太郎/赤堀元之/新井宏昌/石本貴昭/石井浩郎/阿波野秀幸/中村紀洋

近鉄バファローズ名勝負

平野執念のバックホーム/ブライアント4連発/代打逆転満塁サヨナラ優勝決定ホームラン/江夏の21球/10・19

近鉄バファローズキーワード

日生球場/藤井寺球場/コンニャク打法/巨人はロッテより弱い

スペシャルコンテンツ

牛コンテスト/2007年度元近鉄バファローズ選手MVP/元近鉄バファローズ選手リスト/加藤哲郎さんのお店:猛牛軍団

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酒井弘樹〜近鉄バファローズ名選手20〜

93年、プロ野球のドラフト会議は大きく改変した。
従来の1位2位選手の重複入札選手の抽選制を改め、大学生と社会人選手には事前に入団希望チームを公表させ、希望しない球団が指名出来ないような制度を導入した。

いわゆる「逆指名」制度導入により、事実上「即戦力の大物選手」獲得は自由競争となったのである。
この制度導入の初年度、各球団は「逆指名」選手を獲る事に躍起になっていた。
人気の無い球団にとっては「逆指名選手を獲れない」=「イメージダウン」だったようだ。
近鉄も例に漏れず、逆指名を取り付けようと必死。

酒井弘樹という大学生投手の逆指名に行く着く。
お世辞にも「目玉投手」とは言えない投手だった。

酒井は球団初の逆指名選手として即戦力の期待を背負うが、球は速いがコントロールが定まらず1年目、2年目はなかなか結果を残せない。結果が出始めたのは3年目。佐々木新監督野茂英雄退団以降続く「エース不在」の状況を打破しようと酒井、品田操人ら発展途上の若手投手を積極的に先発で起用した。 品田はチャンスをつかみ損ねたが酒井は何とかシーズンを通してローテーションの座を守った。
シーズン15敗とリーグ最多暴投などはあったが堂々8勝をマークし、チーム最多の投球回数を投げ、防御率ランキング上位にも入った。
当時の得点力の下がっていた打撃陣を考えれば立派な成績だった。

待望のエース誕生かと思われたがその後は怪我との戦いであった。
元々小柄な体から豪快に投げ込み、下半身に負担のかかりやすい投げ方であった為、登板過多のツケが酒井の膝を直撃。97年はほぼシーズンを棒に振る。
戻ってきた98年はチーム事情から中継ぎ転向を命じられる。
しかし、これが好転。中継ぎとしてその速球が活きる。抑えの大塚晶文へつなぐ貴重なセットアッパーとして再び輝きを取り戻した。

だがまたも登板過多がたたり、怪我が再発。本来の調子を取り戻せないまま00年、湯舟敏郎北川博敏らとの大型トレードで阪神へ移籍となり、1年限りで引退となった。

「何が何でも逆指名」という球界の流れから見合う力の無い選手を獲って失敗する球団が多い中、抜群の素材を見つけてきたスカウトの眼力は見事である。ただ故障によりその素材を完全に生かしきれなかったのは残念である。 小さな体から全身を使って投げ出される豪速球は実に魅力的であった。

近鉄バファローズ時代の成績

■近鉄在籍期間:7年(1994〜2000) 在籍率88%
■近鉄時代通算成績:
154試合登板
21勝26敗1S
防御率3.68
投球回数452
奪三振376

※在籍率・・・プロ入団から2004年の近鉄消滅までの近鉄在籍期間の割合。