フィル・クラーク〜近鉄バファローズ名選手23〜
大阪ドーム元年である97年にクリス・ドネルスに代わる新外人としてレッドソックスより入団。パドレス時代の93年には打率3割をマークするなど、メジャー実績も十分で周囲の期待も大きかった。独特の低く構えた打法で広角に打ち分ける打撃が売りだったが、1年目前半は日本の野球への順応に苦しみ、低迷する。しかし慣れてきた夏場以降には打棒が爆発。あのオリックスイチローに一時期6厘差まで迫るハイアベレージを残す。結局首位打者を奪う事は出来なかったが、右打者である事とイチローとの走力の違いを考えれば3割3分1厘の成績は首位打者級の数字であろう。
2年目の98年も安定した成績を残し、本塁打、打点部門でリーグ2位の好成績を残す。99年も29本塁打84打点と結果を残し、入団から3年連続でベストナインを獲得し、ローズと共に近鉄に欠かせない優良助っ人として活躍する。タイプ的にはメジャーリーグでは中距離打者の部類に入るだろうが、コンスタントに30本前後のホームラン数を残し、佐々木監督時代はまだ発展途上の段階にあったローズよりもムラの無い安定した成績の残せる選手だった。
しかし、4年目の2000年に右腕を骨折。これで長期離脱を余儀なくされ、全盛の回復が見込めずこの年限りで解雇となった。ただ、翌年クラーク無き後、クラークのポジションであったDH・一塁のポジションが空白になった事で吉岡雄二や川口憲史ら若手成長株にチャンスが生まれ、彼らがそのチャンスを生かした。結果、それまでクラーク・ローズ・中村紀洋の一発まかせだった得点力が飛躍的にアップし、12年ぶりのリーグ優勝につながることとなるのは少し皮肉な話ではある。
陽気なローズとは対照的に真面目で紳士な選手だった。ただ、ローズとは仲が良かったようである。
兄ジェラルド・クラークもヤクルトでプレーした経験がある。
近鉄バファローズ時代の成績
■近鉄在籍期間:4年(1997〜2000) 在籍率100%
■近鉄時代通算成績:
470試合出場
打率.305(1000打席以上打者歴代3位)
93本塁打
324打点
5盗塁
※在籍率・・・プロ入団から2004年の近鉄消滅までの近鉄在籍期間の割合。