入来智〜近鉄バファローズ名選手24〜
入来智が近鉄にドラフト6位で指名されたのは89年のオフ。
この年の近鉄の指名選手はとにかく凄い。 1位は8球団競合の末獲得した野茂英雄。周知の通り、以後バファローズのエース、そして日本人のメジャーの道を切り開いた超大物である。
3位は石井浩郎。
いきなりルーキーイヤーにシーズン半分だけで20本塁打を放ち、 4番に定着するも野茂が凄すぎるので新人王が獲れなかった。
4位は藤立次郎。 高卒だけにすぐ活躍とはいかなかったが後に驚異の代打成功率でバファローズファンの心をわしづかみにした男である。
そして6位の入来は、 1年目未勝利ながらも一軍で先発マウンドを経験すると、
翌91年6月再び一軍の先発マウンドに立ちプロ初勝利を完封で飾ってしまうという離れ業を達成するとその後無傷の4連勝。
一気にローテの一角を担うようになる。
当時の入来の持ち味はキレの良い直球と超スローカーブを駆使した緩急の投球。
これがパリーグの強打者たちを翻弄した。 しかし不運な事にこの絶頂時にピッチャーライナーを指に当て戦線離脱。
この年の近鉄は怪我渦でシーズンの大事な時にブライアントを欠き、抑えとして頭角を現してきた赤堀元之、そして入来が戦列を離れてしまう。
それでいて77勝をマークして西武に惜敗の2位。 この3人のうち一人でも最後まで戦いぬけていれば球団創設以来最強のチームだったかもしれない。
怪我はしたとはいえ、翌年もローテの中核を期待され順風満帆だった入来。
しかし思わぬ落とし穴。 大事な西武との首位攻防戦の先発を任された入来は得意のスローカーブを西武のデストラーデにナゴヤ球場の場外まで飛ばされてしまう。
これが入来の何かを狂わせてしまう。 以降はスローカーブを投げる事に恐怖心が出始めたのか、
以後は伸び悩み中継ぎへ降格。
あまりに一本気な性格は時にトラブルメーカーとなり、キャンプ中に同僚選手(桧山泰浩)に殴りかかるなんて事もあった。
球団としては「扱いにくい選手」に映ったようで、96年シーズン途中に広島にトレードされてしまう。
しかし、翌97年には再び近鉄へ出戻り移籍。 出戻り後の入来はセットアッパーとしてなかなかの活躍を見せる。
ところが99年にまたもトレードで入来は弟祐作のいる巨人へ移籍した。しかし、中途半端な起用に終わると2年で戦力外通告。
不完全燃焼の入来はヤクルトのテストを受け見事合格、 01年開幕からローテに入った入来は大活躍。
初の2桁勝利はおろかオールスターで弟祐作との兄弟リレーまで実現させてしまう。
そしてヤクルトのリーグ優勝に貢献した入来に日本シリーズで対戦したのが何と古巣近鉄であった。
1勝1敗のタイで迎えた大事な第3戦、入来は先発。 第2戦の劇的勝利で下馬評は近鉄有利の声が高かったが、ここで入来の緩急をつけた投球が近鉄強力打線を封じ込める。
入来に敗れた近鉄は完全に勢いを無くし悲願の日本一はまたも夢と消えた。
近鉄に2回捨てられた男はその近鉄の夢を打ち砕いた。 何とも言えない因縁めいたものを感じずにはいられない。
一方今度こそ栄光の座を掴んだにみえた入来だが翌年は全く不振で自身2度目の解雇。韓国プロ野球でプレーした後、現在は地元の弁当店で働いているという。
近鉄バファローズ時代の成績
■近鉄在籍期間:8年(1990〜95,97,98) 在籍率62%
■近鉄時代通算成績:
156試合登板
22勝20敗2S
防御率4.50
投球回数412
奪三振294
※在籍率・・・プロ入団から2004年の近鉄消滅までの近鉄在籍期間の割合。