伊勢孝夫〜近鉄バファローズ名選手32〜
1963年に兵庫の三田学園高校から近鉄に投手として入団。
5年目の67年に一軍初出場を果たすと、翌年三原脩監督就任後は徐々に出場機会が増え、69年には16本塁打を放ち、チーム初の2位躍進に貢献した。岩本監督時代の71年は規定打席未満にも関わらず28本塁打を放つなど大活躍した。チャンスに滅法強く、絶好の場面でホームランを打つ神がかり的な打棒に三原監督から「伊勢大明神」と呼ばれ崇められたらしい。
不振に終わった76年のオフにヤクルトへ移籍したが、ヤクルトでも代打として勝負強さを発揮した。80年の引退後も定評のある打撃理論でコーチとして活躍。野村監督の下、ヤクルトの黄金時代の礎を築き、近鉄コーチ時代も佐々木恭介・梨田昌孝監督時代にコーチとして支え、中村紀洋・ローズらを一流に育て上げ、2001年のリーグ優勝に貢献した。
ジムタイルがホームランを打った時、肉離れを起こし一塁ベース時点で走行困難となった為、史上初のホームラン代走としてホームインした事がある。
近鉄バファローズ時代の成績
■近鉄在籍期間:14年(1963〜76) 在籍率77%
■近鉄時代通算成績:
870試合出場
打率.246
86本塁打
281打点
37盗塁
※在籍率・・・プロ入団から2004年の近鉄消滅までの近鉄在籍期間の割合。