96年ドラフト2位で関大より近鉄に入団。ちなみにこの年のドラフト1位は福留孝介であったが、入団を拒否した為、実質的なドラフト最上位入団選手は岡本となった。
しかし、即戦力の期待を受けながら1年目はプロ初勝利どころか一軍登板なしでシーズンを終える。2年目は一気に大ブレイク。シーズン途中から徐々に頭角を現し、先発ローテーションの一角に入ると10勝をマークし、防御率リーグ2位という大活躍を果たした。
新人王は惜しくもロッテの小坂誠に譲ったものの、さすがドラフト上位といった実力をみせつけた。しかし、先発の軸、エース候補として期待された3年目以降は相手チームの研究もあり、伸び悩む。弱体投手陣事情から一応ローテーションには入るものの、2年連続で4点台の防御率といった不本意な成績が続く。5年目の2000年シーズンは怪我の影響でついに未勝利に終わる。
復活を期す01年シーズン、岡本に開幕早々転機が訪れる。先発で早々とKOされた次の登板はリリーフ。しかし、この起用が岡本の中継ぎ投手としての適性を見出し、以後は不調のストッパー大塚晶文の代役、大塚が復活後は中継ぎエースとしてチーム最多の61試合に登板し、チームの12年ぶりのリーグ優勝に貢献した。
特にこの年は先発陣が壊滅状態であり、岡本・三澤興一ら中継ぎ投手陣の活躍がなければ絶対に優勝はあり得なかったと断言してもいいだろう。特に西武の強打者、カブレラに対しては内外を絶妙に使い分け、手玉に取った。翌年も大塚の出遅れを見事にカバー。7勝18セーブと2年連続の大活躍となる。
しかし、もともと故障持ちの岡本に2年連続の60試合登板は徐々に疲労を生み、2003年からは下降線。2004年はわずか4試合登板で未勝利。オリックス・バファローズ移籍後の05年は一軍登板を果たすことなく戦力外通告を受けた。2006年にはオランダリーグ、2007年は米独立リーグでプレー。何故か松坂大輔のライバルとして紹介され、話題を浴びたがこの年限りで引退。
ポーカーフェイスで感情を表に出すタイプではなかったがサイドハンドから繰り出す切れのいい速球と強気の投球が信条の好投手であった。
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