90年オフのドラフト4位で阿部企業から入団。左サイドハンドの異色投手として期待されながら、同期の水口栄二や佐野重樹が一軍で活躍する中、ずっとファーム暮らしが続いた。
一軍のマウンドを初めて踏んだのは、5年目の95年。遅咲きデビューであった。しばらくは一軍でも敗戦処理的マウンドが続いていたが、切れ味鋭いスライダーを武器に徐々に左のワンポイントリリーフとして首脳陣の信頼を集めていく。
佐々木恭介監督が就任した97年に一気に中継ぎサウスポーとしての地位を確立。54試合に登板し、防御率2.89の好成績をマークし、中継ぎエースだったベテラン清川栄治からそのポジションを奪い、その後も貴重なワンポイントリリーバーとして活躍。特に2000年には50試合に登板し、3勝をマーク。防御率1.82という数字を残した。
投球回数の少ないワンポイント投手はすぐに防御率が悪くなるリスクがあるにも関わらずこの安定感は驚異的である。ちなみにこの年がプロ10 年目、それまでに150試合以上に登板しながらのプロ初勝利。中継ぎ投手の理想は0勝0敗の成績と言われるが、まさに自分の役目をキッチリと果たすワンポイント投手の鏡的存在だった。
2001年はチームがリーグ優勝で盛り上がる中、やや不調なシーズン。それでも副選手会長としてチームを引っ張り、日本シリーズにも登板し、好投したが、日本シリーズ後に突然の戦力外通告。その後はテスト入団で日本ハムファイターズ、阪神タイガース、福岡ダイエーホークスと渡り歩き、2004年に現役を引退した。
香田勲男や西川慎一らと共に90年代後半の暗黒時代を懸命に支えた名中継ぎ投手だった。
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