近鉄バファローズの灯TOPページ名選手列伝 > 佐野重樹

ひょうきんセットアッパー 佐野重樹

2010/01/12 更新 Yahoo!ブックマークに登録

最速ブログ更新情報 Powered By 画RSS

高校時代は名門松山商業で後の近鉄でもチームメイトとなる水口栄二とともに甲子園出場。近大呉工学部を経て90年オフのドラフト3位で近鉄バファローズに入団した。ずんぐりした体系ながら、キレのいい変化球を投げ込み、特に右打者の内角に切れ込むシュートが武器となり、1年目から即戦力として活躍。中継ぎで38試合に登板、6勝をマークする。以後は中継ぎの主戦として90年代の近鉄投手陣を支えていくこととなる。

中継ぎ投手としての実力もさることながら、明るい性格で知られ、チームのムードメーカー的役割、マスコミ向けの宣伝部長的役割も果たした。野茂英雄と仲が良いことで知られ、野茂の近鉄在籍時はもちろん、メジャー挑戦後も交流は続き、バラエティ番組出演どころか、映画出演まで果たした。

「ハゲ」を持ちネタ(?)とし、珍プレー好プレーの常連となり、池上誠一と漫才コンビみたいなことをしていた。野茂退団後、人気が低迷していた近鉄を盛り上げた。

95年には中継ぎ・抑えで活躍し10勝をマーク。中継ぎの地位向上をフロントに訴え、日本人中継ぎ投手としては初の1億円プレーヤーとなった。佐々木恭介監督時代、ローテーション投手が壊滅状態な時は、先発を任されることもあった。

98年以降は登板過多がたたり、故障で不振が続く。99年に小池秀郎らと共に大型トレードで中日ドラゴンズに移籍。2000年に戦力外通告を受けた後は、海外へ渡り、独立リーグやマイナーリーグを渡り歩いた。2003年シーズンはテスト合格したオリックスブルーウェーブで久々に日本球界復帰するが、1年で再び戦力外通告。2006年まで独立リーグでプレーした後、引退となった。

選手晩年は「佐野慈紀」に登録名を改名していた。引退後は現役時代の明るいキャラクターを売りにバラエティーっぽい解説者として活躍中。マスターズリーグではピッカリ投法を公式披露している。

[動画]とんねるず 「芸能人ねるとん」 1996年クリスマス特番 告白タイム 2/2


近鉄バファローズ検定4 powerd by けんてーごっこ
過去の検定はこちら

rss

baseballnavi

人気ブログランキング

にほんブログ村 野球ブログ プロ野球へ
にほんブログ村

近鉄バファローズの灯をブログに登録する by BlogPeople

アクセスランキング